
この銘柄、まずは"分析"からいっしょに見ていきましょう。
事業と業績までを無料で公開しています。バリュエーションと"結論"パートは、筆者の個人用メモとして非公開にしています。
1. エグゼクティブサマリー
銘柄概要 — Analog Devices(ADI)は高性能アナログ/ミックスドシグナル半導体の世界2強の一角(もう一方は Texas Instruments)。2021年の Maxim Integrated 買収、それ以前の Linear Technology 買収により、データコンバータ・アンプ・電源管理・高速インターフェースを網羅する7万点超の製品ポートフォリオを持つ。売上構成は産業50%・自動車24%・通信15%・コンシューマ11%(FY2026 Q2実績)。決算期は10月末〜11月初締めの変則決算で、FY2026 Q2 は 2026年5月2日 に終了している。同社は2025年後半に始まった産業向け在庫調整の完了と、AIデータセンター向け電源管理(power)・光インターコネクト需要という2つの追い風が同時に効き始めた局面にあり、FY2026 Q2 は売上 $3,623.5M(前年同期比+37%、前四半期比+15%)と過去最高を更新した。
なお最大の直近イベントは3日後、2026年8月19日のFY2026 Q3決算発表であり、オプション市場は±5.8%の変動を織り込んでいる。決算通過前の新規フルポジション構築は推奨しない。
最大リスク — 最大のリスクは業績失速ではなくバリュエーションの巻き戻しである。GAAPベースのTTM PERは57.9倍(Maxim買収に伴う無形資産償却がGAAP利益を圧迫)、FCF利回りはTTMで2.4%と、キャッシュフロー対比では明確に高い水準。フォワードPERが現在の31倍台からサイクル中位の25倍へ収れんするだけで約▲19%となる。次点のリスクは、売上の50%を占める産業向けアップサイクルが想定より早く息切れするシナリオ、および CEO Vincent Roche 自身が決算説明会で言及した「2027年に向けた業界全体の需要ランプの急峻さがサプライチェーンに与えるストレス」である。自動車(24%)は前年同期比わずか+2%と回復が最も遅れており、EV減速の影響が残存している点も留意が必要。
2. 事業構造と競争優位性
2-1. 最終市場別売上構成(FY2026 Q2実績)
| 最終市場 | 売上 | 構成比 | 前年同期比 | 前四半期比 | サイクル位置 |
|---|---|---|---|---|---|
| 産業(Industrial) | $1,800M | 50% | +56% | +20% | 回復初期〜中期。A&D・ATE・試験計測が牽引 |
| 自動車(Automotive) | $871.6M | 24% | +2% | +8% | 底打ち直後。受注は過去最高だが売上反映はこれから |
| 通信(Communications) | $554.7M | 15% | +79% | +22% | 拡大期。うちデータセンターが75%超・前年比+90% |
| コンシューマ | $397.8M | 11% | +23% | フラット | ピークアウト気味(Q3は減少ガイド) |
| 合計 | $3,623.5M | 100% | +37% | +15% | — |
産業向けは前サイクルのピーク(FY2023)が年間約$6.9B、ボトム(FY2025)が約$4.0B。FY2026 は年換算で$6.6B前後まで戻る見込みで、歴史的な産業アップサイクルの平均持続期間(8〜12四半期)から見れば、まだ2〜3四半期目にあたる。ここが本銘柄の中期的な上値余地の源泉である。
2-2. Moat(競争優位)
- 設計インへのロックイン — アナログ製品は一度顧客の基板設計に組み込まれると製品ライフサイクル(産業10〜20年、自動車7〜10年)にわたり置き換えが起きにくい。Roche CEO は決算説明会で「設計イン後の競合による置き換えは実質ゼロ」と表現している。
- ASPプレミアム — ADIの平均販売単価は業界平均の4〜5倍。汎用品ではなく高性能・高精度領域に特化しており、これが調整後粗利率73.0%(業界最高水準)の源泉。
- ハイブリッド製造モデル — 自社ファブ+ファウンドリ併用。設備投資はTTMでわずか$500M(売上比約3.5%)に抑えつつ、内製能力はコロナ前比で2倍以上に拡張済み。経営陣は「現行設備で年商$20Bまで対応可能」と明言しており、増産に追加の大型設備投資を必要としない。
- ポートフォリオの広さ — 7万点超のSKUと10万社超の顧客基盤により、特定顧客・特定市場への依存度が構造的に低い。
2-3. SWOT
Strengths
- 調整後粗利率73.0%/調整後営業利益率49.0%(FY2026 Q2)は同業でトップクラス
- FCFマージン36%(TTM FCF $4.6B)、低設備投資モデル
- 22年連続増配(FY2026 Q1に四半期配当を11%増の$1.10へ)
- B2B全市場(産業・自動車・通信)で過去最高受注、book-to-billはプラス
Weaknesses
- Maxim買収由来の無形資産償却により GAAP利益が構造的に圧迫(Q2でGAAP EPS $2.40 vs 調整後 $3.09、差$0.69)
- のれん・買収無形資産が総資産$47,949.1Mの大半を占め、実質純資産は薄い
- 自動車向けの回復が最も遅く(前年比+2%)、EV減速の影響が残る
- CFOは稼働率について「今後は概ね中立、大きな追加改善余地は乏しい」とコメント。粗利率のさらなる拡大余地は限定的
Opportunities
- AIデータセンター電源: Empower Semiconductor を$1.5Bで買収完了(2026年7月7日)。集積電圧レギュレータ(IVR)とシリコンキャパシタにより垂直電源供給(VPD)を実現し、データセンター電力消費を10〜15%削減、電源フットプリントを1/4に。FY2027から本格的な売上寄与を見込む
- 産業アップサイクルの継続(オートメーション、エネルギー、ヘルスケアが2桁成長)
- 自動車の受注過去最高 → BMS・GMSL・車載イーサネットの売上反映がこれから
- 「grid-to-core」(送電網からAIチップのコアまで)という電源フルスタック戦略のTAM拡大
Threats
- 半導体サイクルの反転/チャネル在庫の再積み上がり
- 2027年に向けた業界全体の需要ランプによるサプライチェーン逼迫(CEO自身が警告)
- 中国向け輸出規制・関税環境の変動
- TXN・NXPI・MCHP・ST との価格競争(ただし現状はむしろ全社が値上げ局面)
- 高マルチプルゆえの株価ボラティリティ
- サイバーインシデント(2026-08-16 追記): 2026-06-23 に検知した不正アクセスについて、2026-07-29 提出の 8-K(Item 8.01)で「certain files were exfiltrated」=ファイルの外部持ち出しを確定し、調査継続中と開示。さらに 2026-07-26 に判明した別件のサイバー案件を評価中とされる。会社は「重大な影響は生じない見込み」としているが未確定事項であり、8/19 決算での追加開示次第では短期の変動要因になりうる。
3. 直近業績とファンダメンタル
3-1. EDGAR確定財務(SEC XBRL一次データ)
通期(GAAPベース、単位: 百万ドル)
| 決算期(締め日) | 売上高 | 営業利益 | 営業利益率 | 純利益 | 希薄化EPS |
|---|---|---|---|---|---|
| FY2022(2022-10-29) | $12,014.0 | $3,278.7 | 27.3% | $2,748.6 | $5.25 |
| FY2023(2023-10-28) | $12,305.5 | $3,823.1 | 31.1% | $3,314.6 | $6.55 |
| FY2024(2024-11-02) | $9,427.2 | $2,032.8 | 21.6% | $1,635.3 | $3.28 |
| FY2025(2025-11-01) | $11,019.7 | $2,932.5 | 26.6% | $2,267.3 | $4.56 |
FY2024 がサイクルの底(売上▲23.4%、EPS▲50%)、FY2025 で回復に転じ、FY2026 で前ピーク(FY2023)を明確に上抜けする軌道にある。
四半期(GAAPベース、単位: 百万ドル)
| 四半期(締め日) | 売上高 | 営業利益 | 営業利益率 | 純利益 | GAAP EPS | 調整後EPS |
|---|---|---|---|---|---|---|
| FY25 Q1(2025-02-01) | $2,423.2 | $491.3 | 20.3% | $391.3 | $0.78 | $1.63 |
| FY25 Q2(2025-05-03) | $2,640.1 | $677.9 | 25.7% | $569.8 | $1.14 | $1.85 |
| FY25 Q3(2025-08-02) | $2,880.3 | $818.0 | 28.4% | $518.5 | $1.04 | — |
| FY25 Q4(2025-11-01・逆算) | $3,076.1 | $945.3 | 30.7% | $787.7 | $1.60 | — |
| FY26 Q1(2026-01-31) | $3,160.3 | $997.0 | 31.5% | $830.8 | $1.69 | $2.46 |
| FY26 Q2(2026-05-02) | $3,623.5 | $1,379.7 | 38.1% | $1,176.4 | $2.40 | $3.09 |
※ FY25 Q4 は EDGAR に単独四半期の行が存在しないため、FY2025通期からQ1〜Q3を差し引いて逆算した値(売上 $11,019.7 −(2,423.2+2,640.1+2,880.3) = $3,076.1M)。
TTM(連続4四半期: FY25Q3 + FY25Q4 + FY26Q1 + FY26Q2、2026-05-02まで)
| 項目 | TTM値 |
|---|---|
| 売上高 | $12,740.2M |
| 営業利益 | $4,140.0M(営業利益率 32.5%・GAAP) |
| 純利益 | $3,313.4M |
| 希薄化EPS(GAAP) | $6.73 |
| GAAP PER($389.39基準) | 57.9倍 |
バランスシート(2026-05-02時点、EDGAR)
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 総資産 | $47,949.1M |
| 株主資本 | $33,742.0M(自己資本比率 70.4%) |
| 現金及び現金同等物 | $2,436.9M |
現金+短期投資 約$3.4B を差し引いた純有利子負債は約$5B。ここに2026年7月のEmpower買収代金$1.5B(全額現金)が加わるため、実効的な純有利子負債は約$6.5B。株主資本$33.7Bに対して十分に低いレバレッジ。
3-2. GAAP と 非GAAP(調整後)の乖離 — どちらで論じるか
ADIは Maxim Integrated(2021年)および Linear Technology(2017年)買収に伴う買収関連無形資産の償却が巨額であり、GAAP利益を構造的に押し下げている。FY2026 Q2 の乖離は以下の通り。
| 指標 | GAAP | 調整後(非GAAP) | 差 |
|---|---|---|---|
| 粗利率 | 67.3% | 73.0% | 570bp(≒$207M、COGS内の無形償却) |
| 営業利益率 | 38.1% | 49.0% | 1,090bp(≒$395M) |
| 希薄化EPS | $2.40 | $3.09 | $0.69 |
本レポートの方針: セクション4のバリュエーションおよびセクション5の目標算出は、市場コンセンサス・ガイダンス・同業比較のいずれもが非GAAPベースで提示されているため、調整後(非GAAP)ベースで論じる。GAAPベースの数値を用いる箇所は明示的に「GAAP」と記載する。なおこの非GAAP採用は、TTM営業CF $5.1B/FCF $4.6B(売上比36%)という実キャッシュ創出力によって裏付けられており、単なる化粧ではない。ただし Empower 買収により今後さらに無形償却が積み増され、GAAP・非GAAPの乖離は拡大する点に留意。
3-3. FY2026 Q3 ガイダンス(2026年5月20日公表・IR値)
| 項目 | ガイダンス |
|---|---|
| 売上高 | $3.90B ±$100M(前四半期比 +7.6%、前年同期比 +35%) |
| GAAP 営業利益率 | 約39.0% ±150bp |
| 調整後 営業利益率 | 約49.0% ±100bp |
| GAAP EPS | $2.60 ±$0.15 |
| 調整後 EPS | $3.30 ±$0.15 |
| 税率(調整後) | 12〜14% |
市場別の四半期ガイド: 産業 mid-to-high single digits増、自動車 mid-to-high single digits増、通信 low-to-mid teens増(最速)、コンシューマ 1桁減。なお調整後粗利率は「Q2に含まれた一過性のチャネル価格改定益」の剥落により前四半期比で約50bp低下する見込みと説明されている。
3-4. 在庫・受注・キャッシュフロー(FY2026 Q2決算説明会)
| 項目 | 実績 | 評価 |
|---|---|---|
| 自社在庫日数 | 168日(前四半期比 +$81M) | 需要ランプに備えた意図的な積み増し |
| 受注(bookings) | B2B全市場で過去最高。自動車はbook-to-billプラス | 先行指標は明確に強い |
| 営業CF(TTM) | $5.1B(売上比 約40%) | — |
| フリーCF(TTM) | $4.6B(売上比 36%) | 設備投資$500Mのみ |
| 株主還元(TTM) | $5.0B(配当+自社株買い) | FCFを上回る還元 = 実質100%超還元 |
| 配当 | 四半期$1.10(年$4.40)、22年連続増配 | 利回り 1.13%($389.39基準) |
Q2単独では配当$536M+自社株買い$773M=$1.3Bを還元。長期方針は「FCFの100%還元(うち配当40〜60%)」。